教育

初めての論文(黄金を掴むために)

先日,私が筆頭著者でアクセプトされた論文が電子版で先行publishされました.

Nakaya, Y., Jia, J. and Satoh, H. (2023)
Tracing morphological characteristics of activated sludge flocs by using a digital microscope and their effects on sludge dewatering and settling.
Environmental Technology, online-published.
doi: 10.1080/09593330.2023.2240026

収録巻号やページは今後決まっていくと思われます.

これは人生初めての論文というわけでもなく,現職場についてから初めての論文というわけでもありません.

現職場で,学生の研究(修士論文)を基に,私が筆頭著者のオーサーシップを持って許される程度に主体的に再構成してまとめ上げ,アクセプトされた初めての論文です.

この論文の内容は置いておいて,今回は学位論文を基にジャーナル論文を書く,ということについて思ったことを書いていこうと思います.

 

この論文のもとになったデータを含む修士論文を書いた留学生とは,2021年春の着任から,その秋の留学生の卒業までの半年間でした.

しかも私が着任した時期にはすでに研究の設計とか解析手法の開発段階は一通り終わっていて,修論に耐えるくらいのデータをルーティン的に集めていく段階でした.

結果として,修論としてはしっかりしたものができました.データ量も,考察の量や参考文献の量も,充実した論文ができたことは間違いありません.

ただ,研究室の思想によっては,学士の卒業論文や修士論文はそのまま学術論文にすることが難しい場合があります.

どういうことか.

論文を出版する,ということを,自力で黄金を手に入れる,ということに喩えて考えてみます.

最もスマートな黄金の入手方法は,

  1. 入念な調査(採掘場所・採掘手法・精製手法・道具の選定)を基に可能性の高そうなところにあたりをつけて
  2. 必要最小限の労力で掘り
  3. 原石をみつけ
  4. 精製加工する

という流れだと思います.

これを研究の論文出版までのプロセスに投影すると

  1. 入念な先行研究の調査を基に新規性と有用性のあるテーマを決め
  2. 信頼性のある実験・解析手法でアプローチし
  3. (予備データを基に)チャンピオンデータをとり(必要に応じて再現性を確認し)
  4. 論文としてまとめる

という流れになるかと思います.

うん,確かに理想的な研究の流れですね.

しかし,ここは大学,学生に力をつけさせるための教育的な研究活動をするとなると,この流れになるようにレールを引きすぎるのもどうかな,と思うことが多いです.

では実際どのような流れで研究が進むかというと

  1. 自分たちの既有技術と,ちょっとした思い付きを基にざっとしらべた感じ誰もやったことなさそうなテーマを決め
  2. とりあえず手を動かせる作業を指示して
  3. ちょっとデータが出ては軌道修正,ちょっと関連論文を調べては軌道修正をくりかえし
  4. 重複や不足のある実験データの山ができあがる→修論に全部列挙して書いちゃえ→死

という流れで進みます.

だいたい,こういうテーマはそもそも有用性がないから誰もやっていないだけだったり,軌道修正していくうちに,すでに誰かが気付いて論文書いちゃっている手法と結果に類似していったりします(笑)

作業や解析やまとめ方に慣れるのも大事なことなので,とりあえず手を動かせる実験を考えて,指示して,一次データが上がってくるのを待つのですが,学生は何の意味があるのかまでまだ見えていません.

出てきたデータにあれこれ言っているうちに,学生が「先生が指示したことをやっただけなのに何で文句を言われているのか」という気になります.

そして,最終的に,とりあえず集まった大量の実験データを全部ぶち込んだちゃんこ鍋みたいな学位論文ができます.

先生的には,見たことないデータがどんどん出てくるので楽しいのですが,学生によっては辛いかもしれませんね(自戒も込めて…)

そして後から学位論文の中からコアになる結果を先生が集めて,引用すべき文献を精査していくうちに「あれ,この研究新規性なくね?」となるわけです.

それでも割と高い確率で,「これは新しい!(有用とは言っていない)」と思うような面白い発見や強みが入っていたりします.

そしたら,その発見の部分があたかも当初解決しようとしていた問いであるかのようにイントロダクションを考えます.

最終的に,これまで分かっていなかったことが明らかにされた,という体裁の論文が完成します.

学生が卒業してしまった後だと,追加実験をするのが難しいケースが多くあります.

そういう場合に備えて,大概は研究室内で同じテーマをやる先輩後輩を作っておくわけですね.

先輩後輩で類似テーマをやるのにも良し悪しがあります.

研究が人間関係依存なものになってしまう,というのもある意味問題ですが,個人的に教育者として気にしなければならないなと思っているのが,

後輩が先輩のイントロダクションに乗っかることができる,という点です.

ここまで言ってきたような流れで研究すると,必然的にイントロダクションを作るためのサーベイが大変になります.

研究の意義とか新規性とかを説得するための文献調査にはなかなかの労力がかかります.

先輩後輩で類似テーマとすると,後輩が先輩の作ったイントロに乗っかることができてしまいます.

先輩がいないテーマをあてがわれた学生からすれば,自分がやっている苦労を他の同期はやらないで済んでいる不平等感がありますし,先輩がいるテーマをやる学生は(本人の意欲にもよりますが)イントロを組み立てる能力を培う機会を逃すことになる可能性があるわけです.

自分の研究テーマのイントロダクションが他の誰か(先生や先輩)の努力に乗っかるだけになっている自覚がある学生さんは,このイントロダクションの能力を培う,というところに意識的に取り組むと良いかもしれません.先人のいない荒野を切り拓く研究テーマをあてがわれた学生は,その貴重な経験を嫌でもやって成長していくわけですから.

 

そろそろ,学生の学位論文からジャーナル論文を書くという話題に戻ります.

そういうわけでいろんな難しさがある結果,修論の完成からジャーナル論文の英文校正までに1年かかってしまいました.

査読者が見つからないという問題もあって,結果的には2年越しのpublishになったわけです.

これでも,留学生が特に重要な論文を20個くらい選抜して,大ボスが大まかなストーリーの枠を作ってくれたおかげで何とかなった,という感じです.

ひとりの力ではなし得ない,まさに共著論文なわけですね.

 

さて,論文が出せたら,次の論文執筆に向かうのが学者の使命です.

もし,出せた論文に有用性があって,しかもコアの技術に独自性がある場合は,そこに腰を据えていろいろやってみれば,次に続く論文が書きやすかったりします.

黄金掘りでいうと,すでに鉱脈を見つけた状態ですね.深く掘った穴を,そのまま真横に向きを変えて掘り進めば,黄金の原石が見つかる可能性が高いわけです.

この穴が深いほど独自性(専売特許)が強く,取れる金鉱石の質が高いほど有用性が高い(インパクトファクターの高い論文誌に通しやすい),ということになると思います.

研究者にはいろんな種類がいると思いますが,理想は,稼げる鉱脈を持っている(定期的に高インパクトな論文を出せる)うえに,新しい穴もいろんなところに掘り始めている,という状態だと思います.

学生はそういう視点で研究室選びをするのもいいのではないかと思います.

気を付けるべきなのは,稼げる鉱脈があるかどうかは研究室の論文数で分かりますが,新しい穴を掘るアクティビティが高いかどうかはなかなか業績には現れにくい,というところです.(学生の学会発表テーマを見てみるといいのかも)

私の持論ですが,既に稼げていて人がたくさんいる大きな鉱山(ビッグラボ)に新しいいち作業員として入っていくのよりも,新しい穴を掘り始めて,黄金を掴むところまでの一連の苦労をした人の方が成長は大きいと思います.

ただし,結果は出にくいです.

博士課程まで行って研究者として生きていくためには,とりあえず最速手で論文をファーストで書いて学振を取ることは大事で,その意味ではビッグラボの恩恵にあずかるのは最も正しい選択のように思われます.業績のための活動と,経験値のための活動をちゃんと意識的に分けて,どちらも大切にできる人はきっと博士課程で良い経験ができると思います.

博士に行かないとしても,博士に進むふりをしていれば論文が書きやすいテーマが回ってきます.先生にほとんど論文を書いてもらって,ポスター賞を取って,奨学金の返還免除だけ獲得して,サラッと先生を裏切って大手企業にでも就職していけばよろしい.

 

早く論文を書いて良いレールに乗った人,大器晩成型で苦労しながらも着実に成長してきた人,いろんな人がいていいと思います.

ただ,私は,人生の最後に手に残っているものは,誠実さと経験の深さで決まると信じています.

みんなそれぞれのゴールド・エクスペリエンスをつかみ取りましょう!